劇団パンタカ第6回公演:昭和62年4月8日():神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『貧者の一灯ものがたり』ー感謝のほどこしー
(1) (2) (3) (4) (5) (6)      TOPへ        HOME

第二場 ーーー暗転幕が上がると、チッタ長者の部屋、長者の食事中。
チッタ長者 「しめしめ、ここなら誰も見ていないだろう。こんなおいしそうなあんころ餅、全部わしが食べるのだ。召使いどもに横で、うらめしそうな目つきをされたのでは食べた気がせんわい」
ーーー長者、餅を頬張っていると、突然、ヌッとピンドラ尊者が壁から現れ、黙ってニヤリと笑い、持鉢を長者の前に差し出す。長者、飛び上がって驚き、餅を喉に詰める。苦しむ長者の背後に、またヌッとアヌルッダが現れ、長者の背中を叩いてやる。長者、眼を白黒させながら二人を見る。やっと喉を通って・・・、
長者 「う〜、苦しかった。死ぬかと思った」胸を叩きながら「おかげさまでありがとうございました。どうもどうも」ふと気付いて、「あなた方はいったいどこから、ここにやって来られたのです?」
ーーーピンドラとアヌルッダ、互いに顔を見合わせ、にこにこと笑うばかりで、鉢を差し出す。チッタ長者、首をひねりながらも、しぶしぶお餅を見比べながら、一ケづつ入れる。二人がまだ鉢を引っ込めないので、もう一つづつ入れる。アヌルッダとピンドラが急にうやうやしく鉢を差し上げるので、長者はのけぞって驚く、アヌルッダとピンドラ、衣をひるがえして忽然と消える。長者、キョロキョロする。
長者 「これはまたどうしたことだ。まるで夢を見ているようだ。(頬をつねる)アタタタタッ!たしかにピンドラ尊者とアヌルッダ尊者であった。お餅を鉢に入れたぞ。お餅!ヤヤッ!たった二つしかない。なんということだ。六つあったお餅がたった二つとは。トホホホッ、情けない。大好きなお餅を一人でたらふく食べられると楽しみにしていたのに、たった二つとは、ええい・・・・また誰ぞが来ぬうちに早く食べてしまおう(長者、立て続けに餅を食べ、喉に詰める)く〜、う〜、う〜」ものが言えないので、卓上の鈴を振り鳴らす。召使い登場。長者、う〜、う〜言いながら、喉を指差す。召使い納得して水差しを持ってくる。長者、急いで飲み干し、胸をなでおろす。
「あ〜、死ぬかと思った」召使い、横でくすくす笑っている。長者、気を取り直し、苛立って、
長者 「ええい、お前たちがぼやぼやしているから、坊さんが二人も入り込んできたわ。おかげでえらい損をした。まったくとんだ災難だ。やたらに人を入れてはならぬと、あれほど言っておるのに」
召使い 「旦那様、お言葉ではございますが、誰も来られてはおりません。何かの間違いでは」
長者 「何を言う、現にピンドラ殿とアヌルッダ殿が来て六つしかないあんころ・・・いや・・・ムニャムニャ・・・・とにかく我が屋敷にお二人が見えたのだ。お前がぼんやりしていたのに違いない」
ーーー召使い、激しく首を振る。長者、手を振って召使いを下げ、
長者 「おちおち、餅も食べられんわい」食卓に戻って、好物の煮魚の皿を手にして「いやあ、こいつはうまそうな魚だ。よく煮込んだ魚はわしの大好物。どれどれ・・・」というところへ、大カッサパが突然、部屋の入り口に立って咳払いをする。長者、驚いてカッサパを見る。しぶしぶ、小さく舌打ちをしてから、小魚を鉢に入れる。カッサパ悠然と去る。長者の背後、空中に目連尊者、浮かび上がる。振り向いた長者、腰を抜かさんばかりにそばの椅子につかまる。
長者 「ヒエッ〜、かかかっ神か、悪魔か、それとも鬼かあ〜ッ」
目連 「仏陀世尊の弟子、目連である」
ーーー長者、震え声で、
長者 「なにをっ、ブッダの弟子・・・・・ブッダの弟子がなんで人の寿命を縮めるようなことをなさるのです。(ぶつぶつと)もう駄目だ。ああ〜頭がくらくらしてきた。もう何も差し上げるものはありません。なにもありません。ありませんよ〜・・・」
目連 「長者よ、恐れるにはおよばぬ。施しには二つあるのです。それは法施と財施であります。仏は法施として五つの大いなる施しを説いておられます。すなわち、ことさらに生き物を殺さない。他のものを盗まない。よこしまな男女のまじわりをしない。嘘いつわりを言わない。酒に溺れない。この五つであります。長者よ、この五つの戒を生涯守るならば、これまた大きな布施でありますぞ」
長者 「ほほう、そんなもんですか?法施というのは何も要らないのですか。ふ〜ん、法施というのはそういうことですか」−−−長者、椅子にかけたまま考え込む。・・・・ややあって顔を起こし、「しかし、それなら・・・おやっ・・・」そのときには目連の姿は消えている。長者、目連の現れた場所へ行き、空中を手で払ってみる。我に返って、急いで門番を呼ぶ。
長者 「ええい、門番、門番。門番は何をしておる」ーーー門番、登場。
門番 「はい、旦那様!」
長者 「お前は、今、何をしていた。大方、だらしなく居眠りでもしていたのであろう。この怠け者めが!」
門番 「いいえ、滅相もございません。眼ん玉に蝿が止まっても、まばたき一つせずにちゃんと門番をしておりました」
長者 「ええい、嘘をつけ。たった今、立て続けに坊主が四人もやって来たではないか。わしが物乞いが大嫌いと知っていて、どうして門内に入れたのだ」
門番 「そんなはずはありません。朝から野菜売りとヨーグルト売りが来たばかり、あとは牛が五頭と犬が一匹」
長者 「ええい、口の減らぬ奴だ!。もうよい。あっちへ行け!」
「あの坊主どもは幻術を使う。人の家に勝手に入るとは家宅侵入罪ではないか。それに金品を強要するとはなんということだ」

                               次へ         TOPへ        HOME