劇団パンタカ第6回公演:昭和62年4月8日():神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『貧者の一灯ものがたり』ー感謝のほどこしー
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シンガーラカ 「ありがとう、おじさん、ほんとうにありがとう」
ーーー庭師、塀の割れ目から消える。シンガーラカ、小屋に戻る。
あたりは夕焼けに染まっている。
下手から杖をついた巨大な片足の大男が登場して壁にもたれる。乞食の男女も登場。座り込むと、今日の上がりを数え始める。乞食の男、巨大足の男に向かって
乞食の男 「お前さんはいいねえ。誰もがお前さんのでかい足に眼を止めて驚く。しげしげと眺めて、それでもって何か得でもしたみたいに、気前よく小銭を投げてくれる。それにひきかえ俺たちは疫病神みたいに追い払われるために、小銭を投げられるようなものさ。ああ〜昼なんかなけりゃいい、夜だけになりゃ、誰も俺たちのことに気がつかないだろう。
巨大足の男 「何を言う、誰もなりたくって、こんな病気になったんじゃない。俺だって以前は鹿よりも早く飛び跳ねて走ることが出来たんだ。いまじゃ、片方の足で片方のでかくなった足を引きずるのが、やれやっとのことさ・・・・」
ーーー歩き出そうとして、つまずいて転ぶ。
巨大足の男 「ええい、いまいましい道だ。石がゴロゴロしてやがる。こんな道は呪われるがいいんだ。くそっ」
ーーーそばのボロ布れの小屋の垂れた布れを開けて、シンガーラカが這い出てくる。軽く咳をしている。
シンガーラカ 「そんなことを言うものではありません・・・・・」
癩の女 「おや、シンガーラカ、また、なにか、まずいことを言ったかしらねえ〜」
巨大足の男 「また、いつものお説教を垂れようというのかね」
シンガーラカ 「道を呪うなんていけないことです。呪うなんて。すべてに感謝しなければ、私をごらんなさい。眼が見えなくなりました。以前はすべてのものが見えすぎて困るぐらいに思っていました。叱ってくれる両親がいないのを良いことに、昼間はゴロゴロして、夜になると盛り場をほっつき歩いて、どれほど姉さんが心配しているか、そのときは考えてもみませんでした。今は、毎朝、太陽を拝んでいます。太陽は偉大です。今でも、お日さまの方を向くと明るく感じるのです。温かく感じるのです。胸いっぱいに朝のさわやかな空気を吸い込むと、太陽のいのちを頂いているのだとわかります。大地は偉大です。どんなものでも大きなものも小さなものも、すべてを支えてくれています。私はこうやって大地を撫でてみます。ああ、ぬくもりを感じます。私たちが、死ねば焼いて河へ流してくれるでしょう。そして大地に抱き取られていくでしょう。私たちが生きることに疲れて、この世を去るとき、誰が自分たちの骨を抱いてくれますか。この大地ではありませんか・・・・・」咳き込むシンガーラカ。
巨大足の男 「わかった。わかった。俺が悪かった。もう道を呪ったりはしない・・・・・シンガーラカ、もっと続けてくれないか・・・・・・お前の説教をもっと聞かせてくれ」
癩の男 「そうだとも、俺たちには、難しいことはわからねえが、お前の言うことを聞いていると、なんだかしんみりしたものが胸にしみこんでくる」
癩の女 「およしよ、お前たち、シンガーラカは話すのもつらそうじゃないか・・・・・」
ーーー女、近寄って行き、背中をさすってやる。シンガーラカの姉、ビシャカーが上手より登場、様子を見て急いで駆け寄り
ビシャカー 「どうしたの、シンガーラカ、苦しいの、気分が悪いの?」
シンガーラカ 「大丈夫、少し咳が出ただけです。(癩の女に)ありがとう。もう大丈夫・・・・・姉さん、お帰り、いっしょに行けなくてごめんなさい」
ビシャカー 「なにを言うの、ようく養生して早く良くなってちょうだい。今すぐ食事の仕度をするからね、帰りが遅くなったから、さぞ、ひもじかったでしょう」
シンガーラカ 「ううん、姉さんこそ、遠くのお祭りに出かけて、さぞくたびれたろうに」
ビシャカー 「いいえ、姉さん、一生懸命、乞食をして、おあしを沢山もらったら、今にきっと良い薬を飲ませてあげるからね。苦しいだろうけど辛抱してね」
巨大足の男 「どうだい、泣けるじゃねえか。ビシャカーにシンガーラカは本当にいい兄弟だなあ」
癩の男 「全くなあ、情けねえじゃねえか。あの兄弟も俺たちも何も悪いこたあしてねえのに、どうしてこんなひでえ野良犬みたいな境遇に這いずりまわっていなけりゃあならねえのか」
癩の女 「泣き言を言うんじゃないよ!シンガーラカの説教を聞いただろう」。すべてに感謝できるようつとめてみようじゃないか。どうせ誰もが朽ちていくんだ。シンガーラカ、私たちの分も祈っておくれ、太陽と大地のお恵みを忘れずにいられるようにね。さあ、おまえさん、ねぐらに帰って、せめて楽しい夢でも見ようじゃないか」
癩の男 「ちげえねえ。夢の中じゃ、俺たちゃ、とびきりの二枚目とべっぴんでいられる。なあ、おまえ、ひとつ夢の中でしっぽり濡れるとしようじゃねえか」
癩の女 「なんだよ、人前で、恥ずかしいじゃないか」まんざらでもない様子で去っていく。
巨大足の男 「俺も夢の中では自由に走れるし、空だって飛べる。夢こそ俺の王国、俺は王様、なんでも思いのままさ、考えて見りゃ、こりゃ愉快だ」
ーーー三人朗らかに、上手へ退場、あたりはすっかり夜になっている。
ーーーシンガーラカとビシャカー、小屋の前に出て、
ビシャカー 「あ〜あ、いい月だこと。(手を合わせて祈る)それに春風にのって甘い花の香りが」
シンガーラカ 「このお屋敷の花壇からだよ。いつも庭師がよく手入れしているから。働き者の庭師だよ」
ビシャカー 「お前、その人のこと知っているのかい」
シンガーラカ 「うん、よく話をするよ。いろんな珍しい話やいい話を聞かせてくれる。僕が乞食だからって少しも馬鹿にしたりしないよ・・・・いつも竹林精舎で聞いてきたお釈迦様の説法を僕にも話してくれるんだ」
ビシャカー 「あら、そう、姉さん、昼間いないから、知らなかったわ。そんないい方とお友達になれて」
シンガーラカ 姉さん・・・・・無理かなあ、無理だろうなあ」
ビシャカー 「なによ、言いかけてやめるなんて。なあに、言ってごらんなさいよ」
シンガーラカ 「竹林精舎へ行って、お釈迦様のお説法をこの耳でじかに聞いてみたいと思ったんだ。いいよ、ちょっと思っただけだから」
ビシャカー 「なにを言うの。シンガーラカ、あなたにそんな元気が出てきたのなら、姉さん、うれしいわ。ゆっくり歩いていけば、大丈夫。講堂の中に入れなくても、せめてお声だけでも、漏れ聞くことができれば、どんなにありがたいことか」
シンガーラカ 「庭師の話では誰でも講堂の中に入って、いっしょにお話を聞くことが出来るそうだよ。このお屋敷で働いている人たちも、こっそりみんなで聞きに行くんだよ。だからみんなでいっしょに行こうって。そこでは庭師や乞食も信者として同じように扱ってくれるんだよ」
ビシャカー 「そんな夢のようなことが本当にあるのねえ」・・・・・「シンガーラカ、この前、竹林精舎で見たの。参道に灯明が次々と献上されていてね。王様や大臣方、また長者たちが仏陀に供養のためにお供えしたんだって。それはそれは明るくて素敵よ。私たちは不幸にして貧しい家に生まれて乏しい生活をしているけれど、何とかして私たちも尊い仏陀に供養したいと思うの」
シンガーラカ 「それはとてもいいことだけど・・・・・油は貴重で、とても高価だから」
ビシャカー 明日、一生懸命、物乞いをして、それで買えるだけの油を買うの。それをお供えしましょう。二人でお参りして、たとえ、わずかの時間でも人々のために暗い足元を照らすことが出来れば、なによりの功徳になるわね。シンガーラカ、そうしましょう」
シンガーラカ 「そうだね、ぼくたちの感謝の気持ちだね。きっときれいだろうなあ」
暗転

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