劇団パンタカ第6回公演:昭和62年4月8日():神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『貧者の一灯ものがたり』ー感謝のほどこしー
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第3場 ーーーチッタ長者の屋敷の裏手、崩れかけた煉瓦塀にボロ布れを張っただけの差し掛け小屋。塀の切れ目から庭師登場。小屋に近づき覗き込む。
庭師 「シンガーラカ、どうだい、身体の具合は、ええっ?」
シンガーラカ 「ああ、おじさん・・・・」シンガーラカ、這い出てくる。庭師、塀に立てかけた杖を取ってやる「ほれ」
庭師 「こっちへ来て坐りな。話をしようじゃないか」
シンガーラカ 「ああ、ありがとう。さっきまで日向ぼっこをしてたんだけど、仕事もせずにお日さまを独り占めしているようで、申し訳なくて・・・・」ーーー軽く咳き込む。庭師、背をさすってやる。
庭師 「はっ、はっ、お前らしいな、・・・・・お前を見ていると死んだお前の親父さんを想い出すよ。親父さんはそりゃあ信心深い人だったなあ。いいうちの息子だったのに、乞食に身を落としてしまった」
シンガーラカ 「でも父は後悔したことはない、といつも言っていました。母さんの方は身分が違うことを気にしていたと思います。姉さんにもらしたことがあるそうです」
庭師 「たとえ、乞食になっても本当に好き合っていっしょになったんだ。う〜ん、後悔はしなかったか。しかし、勇気がいることだ。・・・・わしは親父さんに教えられたことがある」
シンガーラカ 「六方礼ですね」
庭師 「朝早く起きて、沐浴して東、西、南、北、上、下の方向に向かって拝むんだな、これが、実にうやうやしく立派な姿だったなあ。偉い乞食だということで評判になったくらいだ」
シンガーラカ 「私もその教えだけは守っています。父にどうして六方を拝むのか、と尋ねたら、こういうんです。教えてもいいが、そうするとお前は、ああ、そうかというだろう。だが、それでは本当にわかったことにならない・・・」
庭師 「自分で考えろ、だな・・・」
シンガーラカ 「父が私に残してくれたものは、この尊い問題でした」
ーーー上手から門番、召使い、二人登場。
門番 「ああ、庭師のおじさん、ここにいたのか」
召使いA 「ニュースですよ。ニュース、ニュースよね」
召使いB 「さっきはおかしくてお腹がよじれそうだったわ」
庭師 「なんだ、お前たち、お屋敷にいなくていいのかね」
門番 「鬼の居ぬ間の、何とかですよ・・・・・」
召使いA 「それがね〜え、お二人がどこへ出かけたと思う」
召使いB 「ねえねえ、シンガーラカ、あんたも当ててごらん」
庭師 「よほどの大事件らしいなあ」
シンガーラカ 「見当もつかないや」
門番 「なんとまあ、驚くなかれ、あのケチのご主人が今度のお釈迦様の講座の日に、大きなキンキラキンの灯籠を供養するというんです。どうです。それでさっそく、金銀細工師のところへ・・・・」
庭師 「ほほう、それはまた」
召使いB 「ねえ、驚いちゃうでしょう」
召使いA 「あのケチンボさんがね、バッディヤ長者と張り合うんですって、奥さんなんか、大変な意気込みよ」
門番 「おじさん、今度の講座は見ものだよ・・・・きっと面白いよ」
庭師 これこれ、そんなひやかし半分で、お釈迦様のお話を聞きに行ってはいかんなあ・・・・みんなはちゃんと仏法僧の三宝に帰依しているんだから、そんな不純な動機の人たちに、気をとられては、まじめな信者とはいえないよ」
門番 「わかってます。でも、おかしいんですよ、なっ」
召使いA 「そうよ、さっきも、こっそり、あんころ餅を独り占めして食べてんのよ。それで勝手にあわてて、喉に詰めて、眼を白黒させてるの。いい気味だったわ。だから私、わざとゆっくり、お水を持っていってやったわ」
庭師 「それはけっさくだ!いや、ひどいことをするなあ」
召使いB 「わたしたちのささやかな抵抗です。ねえ」
門番 「だからというわけじゃないけど、今度の講座の日も、上手く抜け出して、見つからないようにお釈迦様のお話を聴きに行こうと思って相談に来たんです」
召使いAB 「そうなんです」
庭師 「そうか、そうか、よしよし、そういうことなら、わしにまかせておけ。皆で出かけられるよう、だんどりしよう」
門番 「そうだ、ねえ、シンガーラカも一度、聴きに行ってみたら」
シンガーラカ 「わたしなぞ、病気持ちの乞食ですから」
庭師 「何を言う。病気でしんどいのは仕方がないとして、乞食だからと遠慮することはない」
門番 「そうですよね。長老のパンタカさんなんか、もとは路ばたで生まれた人で、あんたと似た生まれ。しかも相当のうすらばかだったそうですよ。でも出家して修行して、今や立派な長老の一人になっておられる」
庭師 「そのとおり、お釈迦様は生まれや階級を問題にはなさらない。その人その人の生き方が問われるわけだ。だから、わしたちも喜んで入信したんだ。よし!シンガーラカ、今度、わしたちといっしょに竹林精舎へ行こう。もちろん、姉さんのビシャカーもいっしょだ。いいな。みんなで行こう」
門番 「人からなにか言われても、僕たちは平気だ。人間はみんな平等なんだから」
召使いA 「お釈迦様の教えによって、きっと今までと違った新しい世界が開けると思うわ。身分や階級の差別の無い世界が」
シンガーラカ 「ありがとう、ぼく、姉さんに言ってみる。なんだか勇気が湧いてきた。お釈迦様に私の父からの信仰の話を聞いてもらえるといいがなあ。お釈迦様はどうおっしゃるかなあ」
庭師 「ああ、そうするがいい、そうするがいい、何も恐れることはない。ちゃんと聞いて下さるよ」
召使いB 「あらあら、日が傾いて来ちゃったわよ」
召使いA 「たいへん、たいへん、あんた、お屋敷に帰らなくちゃ」
門番 「おっと、また、どやしつけられちゃあ、たまったもんじゃあない」
三人 「それじゃあ、またね」「ばいばい」
庭師 「どっこいしょっと、わしも帰るとするか。シンガーラカ。長いことしゃべってくたびれたろう。ようくおやすみ。これは昼の残りだが・・・・」

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