第十回、お地蔵さんは怒ったぞ
−仏母マハー・マーヤーの願い−

第一場

建設工事の音響く。
緞帳あがると煙草屋の店先、背広・ネクタイの男二人ほうほうの態で飛び出してくる。
後から煙草屋の婆さん、アタッシュケースを放り出す。
男たちおそるおそる後戻りしてケースをひろう。
そこへ婆さん塩を振りかける。
男たち 「うえ〜、ペッペッ、こりゃひでえや」
婆さん 「とっとと帰ってんか。この唐変木二度と来るんやないで、言うに事欠いて
買うて上げましょうとは、なんちゅうセリフや。
今度このあたりでその顔を見たら煮え湯をぶっかけてやるで!
覚れとき、ほれ!」
−− また塩を撒く、男たち飛んで逃げる。婆さんまだ怒りがおさまらぬ態で、
婆さん 「年寄りが一人やと思て馬鹿にしくさってからに・・・・」
隣にまつってあるお地蔵さんにおまいりする。
婆さん 「情けないやおまへんか、お地蔵さんあんさん見てなはったやろ、ほんまに・・・」
ーー家に入ってから、くやし涙をゴシゴシこすっている。
菩提寺の住職スクーターで登場
住職 「こんにちは地蔵院です」
婆さん 「ああ、おじゅつさん」
婆さんあわててエプロンで目をゴシゴシ拭いている。
住職 「どないしたんです。なにかあったの?」
婆さん 「いえ、なんでもあらしまへん・・・・」
ーー泣き顔をかくすように上がって、仏壇の前に座布団を出す。
住職 「それならええけど、なんや、いつもと様子が違うなあ・・・・」
ーーお経を読み始める。・・・・婆さん、台所へ行きかけて、フラフラッとへたりこむ。
住職、あわてて介抱する。
住職 「どないしました。・・・・えらいこっちゃ。だいじょうぶかいな。救急車、呼ぼか?」
婆さん 「いえ、すんません、すんません、ちょっと目眩がしただけです。どうぞ、お勤めしてください。」
住職 「いや、顔がえろう赤いで・・・・こりゃただごとやない・・・・」
婆さん 「さっき、カーッとなったさかい、血圧が上がったんでっしゃろ」
住職 「ほー、そらまたどうして・・・」
ーー婆さん、起き直り、そばの茶卓の湯呑みの茶を飲み干して、
婆さん 「いいええな、地上げ屋ですわ。うちの土地に眼えつけて、しつこいいうたら。
売らへんいうのに、何遍も来よりますねん」
住職 「ええっ、こんなとこまで地上げですか」
婆さん 「うちの隣から一帯にかけてアパートが建ってまっしゃろ。
その地主というのが大阪の人ですねんけど、つい最近、マンション業者に売ってしもたらしいんですわ。
そしたら、その会社がアパートの人らに、ここ買うたから立ち退いてくれいうて・・・」
住職 「そんな無茶言いよるんかいな」
婆さん 「『マルサの女、パート2』とか言う映画がありましたやろ、あの通りですわ。
立ち退き料積んで、これで手え打てですわ。
いやや言うたら、急に態度変えて、うっとうしい人らが入れ替わりにやって来て、
脅したり、ねちねちといやがらせをしよりますねん。
若い人らは割と身軽うに移ってですけど、
年いった人は住み慣れたとこ替わりたないいうて困ってはりますわ。
住職 「そやけど、ここはおたくの土地ですのやろ」
婆さん 「はいな、おじいさんが退職したときに買うたんですわ。
隣買うたマンション業者にすれば、うちが角地やからじゃまですわなあ。
買うてしまえてなもんですわ。
それというのも、道が狭いからどないしてもうちを買わんことには、
法律か規制でか知らんけど、思うようなマンション建てられんそうですわ。
そやから向こうも必死ですわ」
住職 「なかなか詳しいんですねえ」
婆さん 「そら、お住っさん、だてに年とってまへんで」
住職 「口だけはえらい元気やねんけどなあー」
婆さん 「身体の方があきまへんわ。・・・」
ーーー 突然、隣のアパートの二階で、チンピラの勝治と信一がエレキギターをかき鳴らす仕草。
けたたましいロック音楽がガンガン鳴り始める。
婆さん 「またやーー、ああーー」  耳を押さえる。
住職 「えらい音やなあ、あれは何ですか・・・」
婆さん 「いやがらせですわ。まだ立ち退かん人の隣の部屋に、
チンピラみたいなんがやとわれて入り込んで、あの手この手でいやがらせをしますねん。
ほんまにたまりまへんで」
住職 「警察に言うてもあきませんのか」
婆さん 「なんや、民事不介入とかいうて、直接、暴力でもふるわんかぎり、
とりしまることができんらしいですわ」
住職 「こら、じゅうぶん、暴力でっせ」
ーーー音楽止む。続いてものをこわす音、ガラスの割れる音。
住職 「うわー、こんなこと続けられたら神経が持ちませんなあ」
婆さん 「えらいすんません。お忙しいのに・・・」
住職 「これじゃあ、とてもおつとめどころじゃありませんなあ」
婆さん 「ええ、ええ、今日はもうけっこうですから、お寺のほうでおつとめしてくれますか」
住職 ほな、そうさせてもらいましょうか」
ーーー 出ようとするところへ近所の婦人、二人、入ってくる。
婦人A 「こんにちわ・・・中村さーん」
婦人B [お忙しいとこすみません」
婆さん 「へえー、ああー奥さん方でっか・・・なんですやろ」
婦人A 「あっ、おまいりですか・・・そんなら後で・・・ねえ」
婦人B 「そうですねえ・・・」婦人たち顔を見合わせて
住職 「あ、いや、いま帰るとこですよ」
婦人B ちょうどお寺さんおってやから相談してみたら」
婦人A 「そうやわねえ」
住職 「なんでしょうか、ご相談というのは」
ーーー比較的、若い婦人たちなので住職、あらたまっている。
婆さん 「お住っさん。お忙しいんと違いますか」
住職 「ん、まあ、いや、いいですよ、なんでしょう」
ーーー 婆さん、鼻の下に指を当てて客席にアピールする。
婦人A 「まあ、よかったわ・・・助かります。ねえ、あなた」
婦人B 「そうなんです。私たち困っちゃって、お婆ちゃんに相談しようと思って来たんですけど」
婦人A 「実はそこの路地の奥のお地蔵さんのことなんですけど」
住職 「ほうほう、お地蔵さんがどうかしたんですか」
婦人B 「こちらのお隣から裏一帯が地上げにかかって立ち退きを迫られているんです」
住職 「はあ、そのことなら今、中村さんから聞いたとこですわ」
婦人A 「だいぶ抵抗したんですけどねえ、結局、おおかた立ち退かれてしまいましてねえ」
婦人B 「問題は買ったマンション会社がお地蔵さんもどけてくれと言うてきたんですわ」
住職 「ええっ。お地蔵さんまで地上げですか。・・・・う〜ん、そらそうでしょうなあ。
今日日、マンションにお地蔵さんも
取り込んで建てるところはないでしょうなあ。」
婆さん 「そやけど、古いお地蔵さんだっせ。
なんや以前に郷土史調べてる人らが調査に来てはりましたわ。
ご近所同士で昔からお講ができてまして地蔵盆やらちゃんとおまつりしてきましたんや。
(婦人たち大きくうなずく)このあたりが戦災を免れたんは、あのお地蔵さんのおかげや、
霊験あらたかや、いうて昔から特に大切にお祭りしてきましたんやけどねえ」
婦人A 「それはそうなんですが、こない家がなくなって、私ら三軒ぐらいだけでは、おまつりようしませんし、
第一、この辺りにお堂を移すとこなんかあらしませんしねぇ」
婦人B 「粗末になってもいけませんしねえ」
婆さん 「私はあくまでお地蔵さんには居座ってもろて、
うちらと一緒に立ち退きに抵抗してもらいたい思いますけど」
婦人A 「そんなこというても、相手方の土地になってしもてますしねえ」
住職 「相手は会社やから、信仰なんか問題にしませんわなあ」
婆さん 「たたりがあるぞいうて、脅かしたりまひょか」
住職 「さあ〜、地上げ屋がそんなことでビビりよるかなぁ」
婆さん 「ビビらしたったらよろしおますねん」
婦人B 「逆に、どっか分からんとこへ処分されてしもて、こっちに罰が当たったりしませんやろか」
住職 「う〜ん、そういうことになったりするでしょうかねぇ。なんか筋が違うような気はしますがねえ」
ーー一同「はあ〜」と溜息をついて思案する。
ーー気を取り直して
婦人A 「結局、私らが考えてますのは、粗末にならんうちに、
どこかお寺さんに納めさせてもろたら、どうやろかいうことですねん」
婦人B 「そうできましたら安心ですわ。ちょっと知り合いから、そんなよその例を聞いたことがあるもんですから・・・・」
住職 「う〜ん、結局、やっぱりそうなりますか」
婦人A,B 「はあ〜」
住職 「実は黙ってましたけど、最近、立て続けに、お地蔵さんを預かりましてねえ。
うちの境内の地蔵堂は割と大きなものなんですが、急にお地蔵さんが増えて窮屈になりましてねえ」
婦人A 「それはまたどうしてですの」
住職 「いや、やっぱり地上げですわ。祭り手がないというか、
引き取り手のないお地蔵さんが集まって来られるので、まるで地蔵老人ホームやなあいうて、
総代さんと笑うたんですわ」
婆さん 「ほんまになんちゅう世の中になったもんや、全く世も末だすなぁ、ほんまに」
ーーー婆さんがプリプリ怒っているので
住職 「大丈夫ですか・・・・あんまり怒るとまたさっきみたいに血圧が・・・・」
婆さん 「わかってます。それにしたかて・・・・」
住職 「まあ、よろしい。お引き受けしましょう。まだ詰めれば場所もありますし、
ここのお地蔵さんはお姿も立派ですから、ちゃんとおまつりいたしましょう」
婆さん 「そうですなあ。地蔵院さんなら近いことやし、名前からして、お地蔵さんも安心しやはりますやろ・・・・」
婦人B 「あの・・・・それで、お堂はどうしたらいいでしょうか」
婦人A 「荒ゴミの日に出すというわけにはいきませんわよねえ」
住職 「荒ゴミ?そんなことできますか?・・・・いいですよ、そちらの方も寺の方でなんとかしましょう」
婦人A、B 「そうですか、すみません。助かります。」「良かったわねえ」
婆さん 「お住っさん、えらいお世話になって、すみませんなあ」
住職 「いや、いいですよ。他ならぬお地蔵さんのことですから」
婦人A 「あの、それで、いつ引き取りに来ていただけるでしょうか」
ーーーこの一言に、住職、カチンと来て、
住職 「なんですか、引き取りとは・・・・」 憮然とした表情
ーーー婦人B、Aの脇腹をつつく、婆さんも住職の背後から手で合図する。
婦人B 「やはり、お持ちしないといけないでしょうねえ」
住職 「あたりまえですがな。古道具屋と違いますよ。
皆さんで、最後、ちゃんとお飾りして、おつとめして、
それから、おたく、たしかご主人の配達のトラックがあるでしょう。
それでどうぞ、皆さんの手で 寺までをお連れしてください」
婆さん 「そら、そおだす。お住っさん、気い悪うせんといてください」
住職 「まあ、そういうことですから。それじゃあ」
ーーー婦人たち、もじもじしながら、あんたから、あんたからとつ突つき合う、
婦人A 「あの・・・・それで・・・・お礼の方なんですけど」
住職 「ああ、お布施ですか・・・・そら、皆さんのお志で結構ですよ」
婆さん 「そら、また、皆で相談さしてもろたらよろしいがな」
住職 「それじゃあ、どうも」
ーーー婆さん、婦人たち三人、最敬礼で送り出す。住職、スクーターで下手に退場。三人、口々に「良かったですねえ」と言い合って、お茶にしようとするところへ、ヤクザが三人、店に乗りこんで来て、そのまま土足で三畳の間に上がる。婆さんたち、土間に逃げる。二人の婦人、あわてて逃げ帰ってしまう。
ヤクザA 「中村タツっちゅうのはわれのことかい」
婆さん 「なんやの、あんたら・・・・」
ヤクザA 「なに、ちょっと挨拶に寄せてもろただけや。隣に越してきたんでな、ご近所へ挨拶っちゅうわけや」
  ーーーヤクザB、C、仏壇の果物でお手玉したり、勝手にお茶を飲んだりする
婆さん 「ななな、何が挨拶やの。
無茶苦茶な大きな音出したり、物、壊したり、皆、えらい迷惑してますのやで・・・・」
ヤクザA 「ほう、そらそうやろ。あのボロアパートでは雨も漏るし、音もジャジャ漏りやわなあ。
今日日の若いもんは、わけのわからんエレキの音楽が好きなんや。それに力があり余っとるからなあ。
なんぞ、運動でもしとんやろ。まあ、婆さん、大目に見たってや」
婆さん 「なんや、人を馬鹿にして。判ってまっせ。どうせ、山田興産に頼まれてんのやろ。
金積んでもあかんもんやから、今度は脅しに来たんやな。
あかんで、さっきの連中みたいに塩撒かれんうちにお帰り、お帰り」
ヤクザC 「こらっ、ばばあー、なめとったら承知せんぞ」ーーーまんじゅうを投げつける
ヤクザA 「まあ、ええ、まあ、ええ、たいしたもんや。えらい威勢のええ婆さんやがな。
こんな人わい、好きやねん。なんというても仕事のしがいがあるというもんや、なあ、そやろ」
ヤクザB、C 「へえ、兄貴」
ヤクザA 「婆さん、まあ、今日は挨拶に来ただけや。
またちょくちょく寄せてもらうからな、ほな、まあ、せいぜい、お気張り、お気張り」
ーーーA、立ち上がる。B、C捨てぜりふ「覚えとけよ」
「なめとったら承知せんぞ」 女性三人、入れ替わりに、部屋に逃げる。
婦人A,Bに向かって、ヤクザたちすごむ。
ーーーヤクザたち隣のアパートの前へ行く。 婆さんヘナヘナとなる。
Aが表で待っている間に、B、Cがチンピラを呼んでくる。チンピラたちCの後に付いて出てくる。
ヤクザB 「兄貴、呼んできました。見習いの勝治に信一です。おい、兄貴にちゃんと挨拶しねえか」
勝治 「よろしくおねがいしま〜す」ーーー金色の長髪のかつらを取る。
ヤクザC 「バッキャロウ!クラブ活動じゃねえんだ。ウッスでいいんだ」
勝治 「オッス」(頭をかきながら)
信一 (おずおずと)「ウッス」
ヤクザA 「君たち、真面目に言われたことやるんやで。
この世界、真面目にやっとりゃあ、認めてくれるし、羽振りもようなる。
こいつらもついこの間まで、見習いやったんや。いまじゃ立派な組員ってわけよ、なあ」
ヤクザB、C 「へへへーー」(頭をかく)
ヤクザB 「兄貴のおっしゃるとおりや、あと、もうちょっとで、住人の奴ら神経まいりよるやろ。
次は煙草屋の婆さんや。なんでもええ、ビビらしたれ、ただし手荒なことしたらあかんど。
そこはここや、ここを使え、わかったなあ」
勝治、信一 「はい」・・・・あわてて「ウッス」
ーーーヤクザA、煙草を取り出すと、サッとB、C、勝治がライターを出す。
    信一がぼんやりしているのでA、ジロリと睨む。
ヤクザB 「それじゃ兄貴、そろそろ会長の所へ」
ヤクザA 「うむ」ーーー歩き出す。C「車を廻してきます」先に下手へ
ヤクザB 「しっかり、やっとけよ」
ーーー下手退場、勝治、信一、見送る。
花道から少女が出てきて、かかりで佇んで、様子を窺っている。
勝治、奥へ入っていく。信一も後に続きかける。
圭子 「信ちゃん」
ーーー信一、振り向いて驚くが・・・・そのまま行きかける。
圭子 「信ちゃん、待って、ずいぶん探したんよ」
信一 「ほっといてくれいうたやろ」
圭子 「そんなこというたかて、うちはどうしたらええの」
信一 「家へ帰ったらええねや・・・」
圭子 「うちがもうあの家へは帰れんことようわかってるやろ」
信一 「あのなあ、いっしょにいたかて、どうにもならんのや。
俺はこの道で飯食うことにしたんや。一人前になるまでは女どこやあらへん」
圭子 「信ちゃんがヤクザになるやなんて・・・」
信一 「なんや・・・」
圭子 「そんなん、おかしいわ」
信一 「なにがおかしいねん。女になにがわかるか」
圭子 「うちにはわかる。・・・信ちゃんはヤクザになんかならへん」
信一 「うるさい、ちゃんとなったるわい」
圭子 「うちにはわかるもん。信ちゃんはうちからも、みんなからも逃げてるねん」
信一 「やかましい。訳のわからんことを言うとらんと、早う帰れ帰れ!」
圭子 「なんでそんなこと言うの。もううちのこと嫌いになったん・・・」
信一 「ああ・・・そんなしつこいやつ、きらいじゃ」ーーー顔をそむけてしぼり出すように言う。
圭子 「うそや」
ーーー信一、行きかける。
圭子 「信ちゃん、うち、妊娠してるんよ」
ーーー信一の足、一瞬止まるが、行ってしまう。圭子、立ちつくして呟く。
圭子 「嘘やないよ。信ちゃん、ここにあんたの子がおるんよ」
ーーー照明変わり。音楽。不良グループ4,5人、現れ踊る。モダンバレー風。
圭子、取り巻かれ、翻弄される。圭子、叫ぶ。
圭子 「信ちゃん、うち、どないしたらええのん」ーーー踊り手たち消える。
ーーー照明、元に戻る。
圭子、よろめきながら煙草屋の前に行き、公衆電話の受話器をとり、
ためらいながら、ダイヤルする。呼び出し音・・・・
突然、気分が悪くなり、吐き気を催す。とっさに店にかけこむ。
圭子 「すみません。急に気分が悪くなって・・・あの・・・お手洗いを貸していただけませんか」
婆さん 「そら、いかんがな、早う行きなはれ。こっちや、気いつけなはれや」
圭子 「すみません・・・・」ーーー駆け込む。げーげー吐いている。
婆さん 「えらい苦しそうやがな。トリカブトの毒でも飲まされたんと違うやろな」
ーーー水を流す音、圭子、ふらふらと出てきて倒れる。
婆さん 「どないしはったん。あんた。ちょっとあんた。
しっかりしなはれ。えらいこっちゃ、えらいこっちゃがな・・・」
暗転、暗転幕を閉める。
第二場へ ーーー暗転幕の前で、お地蔵さん達の会議。
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