第2場           
ーーー暗転幕の前で、お地蔵さん達の会議。
地蔵B 「寺中地蔵さん、それじゃあ、そろそろ会議を始めましょうよ」
地蔵A 「おやおや、地区の全員に招集をかけたのに、これで全部ですか、しょうがないですね。それでは、出席をとりますよ。健康地蔵さん。ーーーー健康地蔵さん、常に体操をしながら、元気な声で返事。
(それぞれ返事をする)露地の奥地蔵さん。身替わり地蔵さん。北向き地蔵さん。とげ抜き地蔵さん。焼き餅地蔵さん。六体地蔵さん。
坂下地蔵さん。(返事がないので)坂下地蔵・・・・!あれっ?坂下地蔵さんは?」
地蔵B 「そうそう、そう言えば坂下地蔵さんは、この間、また、車が突っ込んで来たそうですよ」
地蔵C 「ええっ、またですか。あそこは度々、事故が起こりますねえ」
地蔵A 「それで、怪我人は無かったんですか?」
地蔵D 「車の前がペシャンコになりましたが、幸い運転していた人や、乗ってた人に大した怪我が無くて良かったんですがね。気の毒に、お堂が土台ごと横倒しになりまして・・・・・・」
地蔵C 「ええっ、あのコンクリートの頑丈な土台がですか・・・・・」
ーーーー坂下地蔵さん、松葉杖をついて登場。
地蔵E 「アイタタッ・・・アイタタッ・・・皆さん、遅くなりまして・・・・・・」
地蔵A 「おお〜、坂下地蔵さん、今、あなたのことを話していたところです。ああ〜、おいたわしや」
地蔵B 「さあ〜、こちらへどうぞ、ここにもたれてください」
地蔵E 「ありがとうございます・・・・・ああ情けない、こんな姿で・・・・・トホホホ」
地蔵C 「お怪我の具合はどんな・・・・」
地蔵E 「ええ、車が衝突したはずみで土台が砕けて、お堂ごと崩れ落ちてしまいましてね。全身打撲と今度は左足の先が欠けてしまいました。
トホホ・・・・情けない。これであなた今年に入って早、三度目ですよ。通算でなんと三十三回目、千代の富士の優勝回数じゃあるましし、
わたくし、もう身体がもちません。あちこち欠けてボロボロのガタガタなんです」
地蔵A 「ほんとうにねえ、身をもって人々の安全を守っておられるあなたこそ、菩薩の鑑(かがみ)ですよ」
地蔵B 「そんなことおっしゃっても、このお身体ではねえ」
地蔵E 「わたくし、今日という今日は、私の決意というのを申し上げるために、痛いのを我慢してまいりました」
地蔵A 「ええっ、その決意というのは?」
地蔵E 「はいっ、わたくし、今日を限りにインドへ帰らせていただきます」
ーーーー一同、驚く。「ええっ、インドへ!」
地蔵A 「まあ、まあ、お気持は分かりますがねえ・・・・・しかし・・・・・」
地蔵C 「インドへ帰ると言ったって、ご先祖が日本に来てから千数百年、経っていますからねえ」
地蔵B 「果たしてインドが今さら迎えてくれるでしょうかねえ」
地蔵D 「いや、坂下さんの気持も無理はない。我々も地上げにあって、いやも応もなくお寺の老人ホーム、いや老地蔵ホームに収容されることになったんですからなあ」
地蔵A 「うちは老地蔵ホームじゃありませんよ、失礼な・・・・」
地蔵D 「まあとにかく、これから先のことを思うと、その可能性も考えられますよ。ですから、まず真剣に地上げ対策を協議してくださいよ」
地蔵A 「そうです、そうです、それが本日の議題なんです。坂下地蔵さんの発言で思わぬ展開になりましたが、地上げの問題についてご協議願います。なにしろうちのお堂も広さに限度がありますからねえ」
地蔵B 「それにしても、このところの地上げ攻勢は激しいですなあ〜」
地蔵C 「土地の 有効利用という点ではいいように見えますが、結局は恐ろしいほどの高い住宅費にはね返って来ますからねえ」
地蔵D 「なにより我々の安住の地が無くなっていくのは大問題だ」
地蔵E 「我々は千数百年前、この日本にやってきて、国中の寺や村々、野山、辻辻の小さなお堂にまつられ、また、踏切や、事故現場では、ずっと立ち続けて、人々のいのちの安全を祈って、見守って来たのですがねえ。この国の人たちはもう私たちを必要としていないのでしょうかねえ、アイタタタッ・・・・・」
地蔵A 「う〜ん、そうですねえ。私の処はお寺の中にお堂があるせいか、水子供養に来る人は以前より多いですがねえ。まあ、お寺のピーアールのせいもありますが」
地蔵B 「一種のはやりですかなあ」
地蔵A 「いや、なかなか、真剣に謝ってお祈りしてますねえ。そうした娘さんの涙を見ると、思わず地蔵和讃をとなえますよ。『母に母の涙あり、この世の縁(えにし)は浅くとも、深く契らん次の世に』ってね。(ーーーうまいっと合いの手を入れるーーー)まあ、みんなそれぞれ、どうにもならない深い事情がありますからねえ」
地蔵C 「ところで事情といえば煙草屋の婆さんのところに最近、娘が一人、居候してますが、あれは、どういう事情ですか?」
地蔵F 「また、脱線する」
地蔵A 「流産しかけましてねえ。家に帰りたくない事情がありまして、あの肝っ玉婆さんが孫が出来たと喜んで面倒見ているんですよ」
地蔵C 「幸い落ち着きましてねえ・・・・ただ、時々、急に産みたくない、産みたくない・・・・なんて無茶を言って婆さんを困らせてますよ。心が動揺してるんですね。あの娘にはつらい秘密があるので、それも無理はないんですが」
地蔵D 「寺中さん。やけに詳しいじゃないですか」
地蔵A 「婆さんが、先日、参ってきて、娘の安産を拝んでいたのでね、ちょっと調べてみたんですよ」
地蔵C 「その秘密というのは・・・・どういう・・・・・」
地蔵B 「いや、聞かないでおきましょうよ・・・・・。聞けばきっと切なくなるでしょうからねえ」
地蔵A 「そうですねえ、我々はこれまで人々の罪や秘密をやさしく引き受け過ぎました」
地蔵E 「秘密というのは、知らず知らずのうちに心をむしばむものですよ」
地蔵B 「我々はどんな秘密を聞かされても、黙ってにっこりと微笑んでいなくてはなりません。これは修行になりますわ」
地蔵D 「そんなことより坂下さんの提案したインドへ総引き揚げの件はどうします」
地蔵E 「誰がなんとおっしゃろうと私だけでも帰りますよ・・・・・もうこの国の人は我々なんか必要としていないんだ。別に我々がいなくなったって痛くも痒くもないでしょうよ。いなければいないで、また、代わりのものをちゃっかり見つけますよ」
地蔵B 「そんなもんですかねえ」
地蔵E 「そんなもんですよ」
地蔵G 「そうだ、ひとつこういう案はどうでしょうか」
地蔵D 「健康地蔵さん、この前の誰かさんのアイデアみたいに、レンタル業者に身売りして、忙しいときだけ、たとえば地蔵盆だけ出張して、後は業者の倉庫でゴロゴロしているなんて案はいやですよ。そこまで落ちぶれたくはないですからねえ」  ーーーーー   「そらそうだ。そらそうだ」
地蔵G 「いや、そうじゃありません。私、あらためて考えてみたんです。そもそも私たちは何なのかってね。いいですか。我々がインドの大地から立ち上がって、人々の、特に幼い子供たちの健康と幸せを守るべくシルクロードを東へ東へやって来たのは、元はといえば、お釈迦様の母君、マハー・マーヤー様の深い深い願いから起こったこと。お釈迦様をお産みになってから、すぐに亡くなられたマハー・マーヤー様は、その悲しみの中から、わが子のみならず、世のすべての命が、安らかに産まれ、健やかに育つことを願われたのです。その願いに応えて、インドの大地から生まれたのが我々ではありませんか。今、日本の大地がいや世界の大地が危機に瀕しているのです。ここは一つ、長老の寺中地蔵さんに使者に立っていただいて、とう利天へ上っていただき、マハー・マーヤー様に会っていただいて、これからの我々の道をお示し頂いたら如何でしょうか」
ーーーー一同「う〜ん」と唸る。
地蔵A 「健康地蔵さん、よくぞ仰言ってくださった。そうでした。仰言っる通りです。皆さん、初心忘るべからずです。初めて菩薩として願いを発(おこ)したときの決意と感激を想い出しましょう。
よろしい。喜んで、不肖、私が使者に立ちましょう。早速、明朝、出立して、とう利天に参りましょう。それでよろしいですね」
ーーーーー一同「異議なし」「よろしく」「ご苦労様です」「お気をつけて」
暗転
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劇団パンタカ
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