劇団パンタカ第5回公演:昭和61年4月8日(火):神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『長生王子ものがたり』
 ーー恨みは愛によって鎮(しず)まるーー
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第三場 ーーー梵与王、下手前に出て、スポット当たる
梵与王 今宵は月もなく、城下は妙に静まりかえっている。いつもは流れてくる楽の音。今宵に限って、なぜ、聞こえぬのだ。ややっ、あんなところに火が燃え上がったぞ。あれはいったい何の火であろう。おいっ、物見の者、あの火は何だ。あれはどのあたりだ
物見の兵士 ははっ、あれはたしか刑場のあたりでございます
梵与王 して、何の火だ
物見の兵士 どうも、死体を焼いておる様子にございます
梵与王 なにっ、長寿王とその妃の首と死体とは天下にさらすように申し付けて置いたはず、わしの手のものが焼くはずはなし、う〜ん、おそらくはコーサラ王家にゆかりのものが密かに忍び込んでの仕業に違いない。なんということだ、見張りはいったい何をしておる。誰も注進に及ぶものがないとは。我に弓を引かんとする者があって、それらの手引きか差し金か。油断はならぬぞ、誰にも心を許してはならんぞーーースポット、絞る。
第四場 ーーー後宮の場。妃、王女、女官と衛兵たち数人、そこへチャンドラ夫婦が芸人の一座に化けて、妃達の前で芸を見せる。大きな箱が一つ、音楽が始まり、明るくなると、チャンドラの妻、コミカルな踊りを見せる。次ぎにチャンドラが腹話術を始める
芸人、実はチャンドラ それではお次は生きた人形をお見せいたしましょう。はいーっ!
ーーー箱を開け、人形になった長生王子を出す。背中に大きなねじ巻きをつけている。人形ぶりをする。ねじを巻くとぎこちなく動き出す。やるうちに、ぜんまいがゆるみ、動きがゆっくりとなり、止まってしまう。芸人、あわててねじを巻く、再び、動き出す。王女が喜んで拍手をする。コミカルな人形ぶりとチャンドラの腹話術、皆、大喜び、途中から梵与王も入ってきて、一緒に喜んで見ている。人形、舞台前面へ出ていき、客席に向かって、
人形 こんにちわ、こんにちわ
チャンドラ これ!どうしてそっちばかりにあいさつをする
人形 こっちの方がお客が多いし、う〜ん、美人も多い
チャンドラ どれどれ、どこに・・・・
人形 ばっかだなあ!お世辞に決まってるじゃないか
チャンドラ なにをいう!
人形 おばちゃん、何かちょうだい!
チャンドラ え〜い、はしたないことを!そっちよりもこっちが大事じゃ
人形 ねえ、この太ったおじさんだ〜れ?
チャンドラ これこれ!このお方は梵与大王様だぞ!
人形 ふ〜ん、ぼく、この人よりこっちのお姫さまの方がいいや
チャンドラ これこれ
人形 君って可愛いね。一緒に遊ぼう
チャンドラ え〜い、畏れ多いことを。なにとぞお許しを!
梵与王 よいよい
王女 お父様、お父様、わたし、あの人形が欲しい
これ、そのようなわがままをいうものではありません
梵与王 よしよし、買ってやろう。これっ、その方。この人形はいかほどか?申して見よ
チャンドラ はは〜。王様に申し上げます。この人形は私どもの子供同様、それに私めがおりませんと動かないのでございます。ほれこの通りーーー長生王子、グニャリとなる「それより、こちらはいかがでございますか」ーーー別の人形を見せる
王女 いや、いや!わたし、あの生きた人形でないといや
梵与王 えい、姫のわがままにも困ったものだ。そうだ、いっそお前達三人とも召し抱えることにしよう。それがよい。わしも今日は久しぶりに腹の底から笑った。これからは妃や姫を楽しませるのがお前達の仕事だ。よいな
チャンドラ ははあ、ありがたき幸せ
暗転
第五場 ーーー(NA)このようにして、亡き父母の仇を討つために梵与王に召し抱えられた長生王子は成長するに従って、持ち前の明るさと賢さによって人々に愛され認められて、いつしか梵与王の傍近くに仕えるほどになっていました。ある日、梵与王は長生王子を連れて鷹狩りに出ました。王子はわざと護衛の兵隊たちから遠ざかり、王の車を荒野へと走らせ隙を見て、馬をわざと逃がすのでした
梵与王 チャンドラの子よ。いったいどうしたことだ。供の兵達とは離れてしまう。馬は逃がしてしまう。いつもの心利いたるお前らしくもない
長生王子 申し訳もございませぬ。昨日、姫様のお相手をしておりまして、いたずらに勧められました強い異国の酒で、まだ頭がしびれております。そのために思わぬ不覚を取りました
梵与王 はっ、はっ、はっ、こやつ姫のせいにしおって、まったく姫にも困ったものだ。いまだに人形ごっこだ。お前にはわがままが通ると知っておる
長生王子 いえ、姫様はおやさしいので、珍しいお酒をと、わたくしめに・・・・・・申し訳有りません
梵与王 よい、よい、気にすることはない。ほどなく兵たちも追い付くであろう。それにしてもさすがに疲れた。(あくびをして)歴戦の強者も年には勝てぬ。チャンドラの子よ。一休みしたい。あの草原で一眠りすることにしよう
ーーー長生、草原に布を敷き、畳んだ布れを枕にする
長生王子 とうとう仇を討つときがやってきた。わが父母はこの王のために国を奪われ、人々の前で首を斬られたのだ。今のこの時のために、あらゆる辛苦を堪え忍んできた。今こそ積年の恨みを晴らすとき(短剣を抜いて振りかざす)う〜、う〜、父上、母上、震えるこの手に、奴の心臓を一突きする力をお与え下さい・・・・・・(ためらって短剣を振り下ろすことが出来ない)ああ、わたしはいくじなしなのか。いやいや、そうではない。わたしが王を殺せば可愛いい姫はどんなにか嘆くことだろう。いや、どんなにか恨むことだろう。姫だけではない、妃や多くの人々の恨みと憎しみは今度はわたしを仇として捕らえ、殺そうとするに違いない。恨みは恨みを呼び、憎しみは憎しみを呼んで、果てしなく終わるときはない・・・・そうか、父、長寿王が刑場で叫ばれた言葉こそ、このことを諭しておられたのか
ーーー梵与王、突然、何かに怯えたように跳ね起き、あたりを見回す
長生王子 大王よ、何をそのように怯えておいでなのです

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