劇団パンタカ第4回公演:昭和60年4月9日:神戸文化大ホール
【釈尊降誕祝典劇】
『王舎城物語』ーー本当のしあわせを求めてーー、一幕十場
配役:釈尊・・・林 市郎、ビンビサーラ・・・浅野正運、イダイケ・・・中島由子、アジャセ・・・立花正則、王妃・・・坂本弘子
デーヴァダッタ・・・中野天道、ジーヴァカ・・・藤本慈晃、月光大臣・・・佐々木晟夫、大臣A・・・湯浅大雄、牢番・・・岸 秀介
占者・・・明石和成、刺客・・・浅野孝次、仙人(声)、衛兵たち、インド舞踊・・・西村英子、大谷能子、合唱・・・浜田諭稔、
ナレーター・・・矢坂誠徳ディレクター・・・甲斐宗寿、衣装・・・西村英子、脚本・演出・・・冨士玄峰、舞台美術・・・川下秀一

第二場

(NA)これより十八年前、ビンビサーラ王は、当時、強大を誇るマガダ国の大王として君臨し、内には美しいこと花のようなイダイケ夫人にかしずかれ、栄華の限りを極めておられました。しかし、玉に疵とやら、お二人の間にはお子様がありませんでしたから、かねがねそれを不足に思っておられました。王様も寄る年波の行く末を思いめぐらせば、その淋しさは普通ではありませんでした。そこで、ならわしによって、すぐれた占い者に占いをさせられました。
占い者 「おお〜、陛下、ご心配はいりませぬ。お二方の間には、必ずやお子様がお生まれになりますぞ。それはこの山奥に一人の仙人が棲んでおりますが、彼の寿命が
尽きればただちに太子としておきさき様に宿るさだめになっておるからでございます」
ーーー王と王妃、喜色を浮かべ
大王 「おお、太子か、そうか、そうか、太子か。して、その仙人の寿命はいつ尽きるのか」
王妃 「そうそう、いったいいつですの」
占い者 「それは今から三年の後であります」
大王 「なに、あと三年というか」
王妃 「あと三年!」
ーーー王妃、指折り数える。自分たちの年を考え、落胆する。
大王 「よい、ご苦労であった。下がるがよい」
ーーー占い者退場。二人は考え込む。
王妃 「大王様、あらたかなお告げ、まことに嬉しゅうございました。あなたのお子を
みごもり、この手に抱くことができましたら、どんなにか嬉しいことでしょう。
お産の苦しみも母親となる喜びを強くこそすれ・・・・ああ、一時も早く願わしゅうぞんじます」
大王 「世継ぎがないゆえに正室であるお前もつらいであろう。わしもお前に産んで
欲しいのだ。・・・・しかし、三年待たねばならぬとは。わしも今は昔のわしではない。衰えは隠しようもない。太子の成長をどこまで見守ることができるか。早く世継ぎの顔が見たいものじゃ」
ーーーイダイケ、無邪気な口調で
イダイケ 「大王様、良いことがございます。三年などというのは、その仙人の寿命がまだ
それだけあるからですわ。ですから可哀想でもそのものの寿命を縮めてしまわれたらいかがかしら」
大王 「なに、その仙人を殺して死なせよ、と言うのか」
イダイケ 「はい、そうすれば、きっとすぐにもわたしのお腹に宿るに違いありません」
大王 「なんということを、そなたの唇からこぼれる言葉とも思えぬ。かの仙人を
殺せとな」
イダイケ 「はい、わたくしたちの愛の結晶のために」
大王 「生まれ変われば、我が子となるのだぞ」
イダイケ 「どんなにか愛しいことでしょう。ああ、早くこの手に抱きしめたい」
大王 「それはわしとても同じこと、しかし、あまりにむごくはないか」
イダイケ 「年を経た仙人のこと、三年の命がなにほどのことがありましょう。むしろ、王家の
子として生まれる方がよほど幸運ではありませんか」
大王 「う〜ん、それはそうかもしれぬ。よし、予言を成就させるためだ。かの仙人も
あきらめるであろう。兵をつかわして、彼の望む方法で死に至らしめることとしよう」
イダイケ 「それがよろしゅうございます。大王様の広大なるお慈悲の表れでございますわ。
彼のものは自分の望む方法で寿命を終えるのです。そして、私たちの間に新たな
命となって宿るのです。ああ、なんという喜び、なんというしあわせ」
大王 「イダイケ」
イダイケ 「大王様」
(NA)なんという恐ろしいたくらみでしょう。しかもこの恐るべきたくらみが、ふだんは虫も殺さぬというやさしい貴婦人の胸に平気で浮かんできたのです。なんと浅ましいことではありませんか。ところが、王様も王妃かわいさ、世継ぎ欲しさに眼が眩み、少しも残忍さを感ぜず、それは妙案だと、さっそく秘密のうちに家来を山奥に遣わしました。そして、いやがる仙人を王の命令であると殺害したのです・・・・・ (仙人の声)おのれ、ビンビサーラ!わしが王子として生まれ変わったなら、きっと
この仇を返してやるぞ!我が恨みを思い知るがよい!」
(NA)このようにして、仙人の恐ろしい呪いがかけられました。そして不思議にも仙人が殺されたその月のうちに王妃は身重となられました。そして数ヶ月が経ちました。

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