第八回、チンチャー女(にょ)の陰謀

お釈迦様の思わぬスキャンダルに、教団は危機に見まわれる
その当時マスコミがあったなら、きっとこんな風に・・・・・


第一幕

第一場

 緞帳前で

(NA)ここはインドです。お釈迦様は教化の旅から王舎城に戻って来られ、竹林精舎にて、その年の雨期を過ごされました。その頃、コーサラ国に鹿頭、つまり鹿の頭という一人の風変りなバラモンがおりまして、ドクロの術を得意にしておりました。
呪文を称えてドクロを叩きますと、ドクロが生きた人間であったときのことをなんでも言い当てるというので、たいそう評判になりました。ついにはたくさんの信者をひきつれて国々を巡っておりましたが、お釈迦様の評判を聞くと、非常な対抗意識を燃やしまして、一つ術比べをしてやっつけてやろうというので、霊鷲山へとやって来たのでございます。
ーーー道化、二人、太鼓と鉦を鳴らしながら走り出て、ふれて歩く A・「やあ〜、やあ〜、町のお人方、耳の穴をかっぽじって、よ〜く聞くがよい。この度、われらが偉大なる師匠、鹿頭バラモン様にははるばるコ〜サラ国より当地、マガダへ出張って来られたのじゃ」
B・「それというのも、この頃、ゴータマ・ブッダのやからが、やたらに羽振りをきかしておる。おかげでわれらバラモンに対する尊敬と供養がおろそかになっておることは、なんという嘆かわしいことであることよ」
A・そこでじゃ、皆の衆!明日の正午、お城の北の寒林、つまり共同墓地にご参集なされよ。われらが師、鹿頭バラモン様が世にも不思議なドクロの妙術を特にご披露にな〜る。」
B・「それというのも、あの尊大なゴータマ・ブッダを術比べに誘い出し、皆の衆の前でさんざんに打ち負かして、赤恥かかせてくれよう魂胆」
A・「なんとまあ、皆の衆、身の程知らぬゴータマの奴め、まんまと誘いに乗りおったわ」
A/B・「皆の衆。皆の衆。こんな面白い術比べ、こんなすごい果し合い、めったに見られるものではない。決して見逃すでないぞ、よいな、明日の正午、明日の正午じゃ。北の寒林、共同墓地に集まるが良いぞ〜〜」
第二場
ーーー緞帳上がる ーーー共同墓地、石、ドクロ、布切れを巻いた死体をタンカに乗せて置いて行く。陰惨な雰囲気。人々、入ってくる。ワイワイ言っているところへ、鹿頭バラモン、続いて釈尊、目連。
釈尊、一つのドクロを指差す。目連、それを取り上げる。
釈尊 「鹿頭バラモンよ。このドクロの主は男であったか、女であったか」
ーーー道化A、目連よりドクロを受け取り、鹿頭に渡す。鹿頭は呪文を称えて手に取り、指で叩いて
鹿頭  「ゴータマよ。これは若い男であったな。うん」
釈尊 「そうか、それが若い男であったとすると、いったいどうした訳で死んだのか」
鹿頭 「よくぞ聞いてくれた。お前には何も判らないであろうがなあ、わしの法力にかかれば、これがなにもかも自分からペラペラとしゃべりおる。(観衆を見回して、得意げに、弟子たちも得意そうに)
皆にはいっこうに聞こえんであろうがな・・・・まてまて」
ーーー呪文を称え、ドクロを指で叩く。耳を寄せて
鹿頭 「ん、なになに、酒がもっと飲みたい。なるほど、この男は大酒飲みで悪い酒に当たったのがもとで、命を落としたのじゃ。」
ーーー観衆、どとめく
鹿頭 「すぐに柯子(かし)という木の実に蜂蜜を混ぜたものを飲めば助かったものを」
ーーードクロを道化Bに渡す。B、得意そうにドクロをかざし、くるくると回る。
ーーー仏陀は別のドクロを指して
釈尊 「これは男であったか、女であったか」
ーーー目連、拾い上げる。道化A,受け取って鹿頭に。鹿頭、呪文を称え、指で叩く。
鹿頭 「ん、なになに、くやしい。なにが悔しい。ほ〜、そこにいる男に恨みがあるというのか。誰かなあ、心当たりのあるものは・・・・
(観衆、気味悪がって後ずさる)ゴータマよ!この女は男に騙され、そのことを恨んで井戸に身を投げたのだ」
ーーー観衆、ほ〜っと溜息をつく。道化Bにドクロを渡す。道化、気味悪そうに受け取り、そっと奥の方に置く
釈尊 「それでは、これは男か女か」
鹿頭 「女だね〜」
釈尊 「なんで死んだのか?」
鹿頭 「難産で死んだのだ」
ーーー観衆、口々に 「ほお〜、たいしたものだ」「すごい神通力だ」観衆、沸き返る。
ーーー仏陀はさらに一つのドクロを示された。鹿頭バラモン、呪文を称えたり、指で叩いたりしていたが、ついに判然としない。
鹿頭 「う〜ん。おかしい、こんなはずはない。これまで、一度だって、わからなかったことはないのだ。たとえ、どんなに古くても、傷んでいても、わしが呪文をかければ、自分からペラペラとしゃべりだしたものを。いったい、このドクロはどうなっているのだ。」
観衆 「どうした、鹿頭バラモン!得意の神通力はどうした」
「面白くね〜ぞ」−−−騒ぎ出す。
ーーーバラモンの弟子たち、道化A,Bおろおろしながら観衆を静める。
鹿頭 「う〜ん」ーーー唸って頭をかかえる。
釈尊 「鹿頭よ、判らぬか?」
鹿頭 「いや、その、こんなはずはないんだが、いったいどうなってしまったんだ」
釈尊 「お前の呪文によっても沈黙を守っているそのドクロが何者であるか教えてあげよう。鹿頭よ、これは真実道を得た修道者である。執着を離れ、自由で安らかな境涯にいるがゆえに、なにも語ることはないのだ」
ーーー観衆、感嘆の声を上げ、なるほどとうなずきあう。
鹿頭 「う〜ん、なるほど、そうでしたか、恐れ入りました。私の負けです。私の自慢の角は折れて地面に転がりました。
あなたさまは鹿の中の大王。私めは弱い牝鹿のようなもの。先ほどまでの大言壮語、どうかお許しください」
ーーー鹿頭、弟子に目くばせして観衆を解散させる。
道化二人 「さあさあ、皆の衆、術比べは終わりだ。帰った、帰った」
観衆 「やあやあ、勝負あったなあ」「けっこう面白かったなあ」「なんだか、あっけなかったなあ、帰ろう、帰ろう」
ーーー釈尊、近くの大きな石に腰をおろす。鹿頭、膝を付いて
釈尊に向かい
鹿頭 「それにしてもゴータマどの。どうして、あのドクロが真実道を得た修道者であるとおわかりになったのです。これこそ妙術というものです。なにとぞ、私めにご伝授下され。なにとぞ、なにとぞ」
釈尊 「はっ、はっ、はっ、目連よ、どう思う」
目連 「はい、鹿頭バラモンよ、世尊の妙術を学びたくば、われらと同じように出家して修道者となるが良い」
釈尊 「よいか、鹿頭よ。先の男は酒を貪り、後の女の一人は愛欲に苦しみ、一人は夫と子を残して死んだことの悲しみに浸ったまま
迷うておる。鹿頭よ、お前の神通力はそれらを知りはするが、それらはすべて過ぎ去ったこと、ましてや、それらの迷いから、救うてやる道をそなたは知らぬ。人がそれらのことから、なにか大切なことを学ばないなら、お前がやってみせたことは、およそ無益な大道芸でしかない。よいか、以後、二度と神通力をみせびらかすことはならぬ。大いに慎み、修行に励むが良い」
鹿頭 「世尊よ、恐れ入りました。我ら一門、ことごとく、世尊のお弟子にお加えください。これよりはドクロの過去を見ることをやめて、真実道に到るまで精進努力いたします」
釈尊 「弟子よ、来たれ」
ーーー釈尊、目連、鹿頭、その弟子たち退場(暗転)

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