劇団パンタカ第7回公演:昭和63年5月6日(金):神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『ボクのおじいちゃん』
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第二場 | (NA)二郎の声 「三年二組、山口二郎、うちのおじいちゃんはときどき迷子になります。どうしてかというと頭がぼけているからです。前には将棋を教えてくれたり、竹とんぼを作ってくれたりしましたが、このごろは少しも遊んでくれないのでつまらないです。お腹が減った、お腹が減ったと言って、食べてばかりいます。ぼくのおやつをくれくれといいます。ぼくの分が減るからあげないというと、すぐに泣いて怒ります。お母さんは、人間は年をとると、赤ちゃんみたいになるので、逆らわないで、優しくしてあげなさい、と言いますが、とってもわがままな赤ちゃんだと思います。 |
緞帳上がる | ーーー正面に大きな仏壇、住職、おじいさん、お母さん、お経の最中、木魚の音。そこへランドセルを背負って、二郎が帰ってくる。ランドセルを投げ出す。お母さん、たしなめる。いっしょに坐る。 読経終わる。「南無本師釈迦牟尼仏、南無本師釈迦牟尼仏、南無本師釈迦牟尼仏」三唱。 |
・ | ーーー住職、振り返り、座り直す。お母さん、お茶の用意に退場。 |
住職 | いや〜、おじいちゃん。お元気そうでなによりですね |
おじいちゃん | ああ・・・・おじゅっさん・・・・・ーーーべそをかく |
住職 | ああ・・そうですね。今日はおばあちゃんの祥月命日ですからねえ |
・ | ーーーおじいちゃん、お仏壇の方をしきりに気にしている。立ち上がりかける。お母さん、お茶を持って出てくる。お菓子とお茶を出す。おじいちゃん、膝でいざりながら、仏壇の方へ、お母さん、仏壇に手を合わせ、お菓子を下げて、おじいちゃんに差し出す。 |
お母さん | はい、おじいちゃん。お下がりですよーーーおじいちゃん、急いで菓子を取りむさぼり食う |
お母さん | おじゅっさんが来られるのを待ってましてねえ |
住職 | ほ〜、それはまた、どうしてですか |
お母さん | おつとめが終わったらおさがりをあげることにしているものですから |
二郎 | お母さん、ボクもおやつ! |
お母さん | はいはい・・・ちゃんとあげますから、手を洗って、うがいだったでしょ |
二郎 | は〜い |
住職 | 二郎君、背が伸びたなあ。ついこの間までピカピカの一年生だと思ってましたが |
お母さん | 背ばっかりで、勉強の方はさっぱり・・・ |
住職 | はっ、はっ、はっ、そんなことはないよねえ |
二郎 | うん!ーーー二郎、下手退場。おばさん、上手より登場。急いで来たので、息を切らしている |
おばさん | ああ、遅くなりまして・・・・・お供えを買いに寄り道をしたものですから。おじゅっさん、大変ご無沙汰いたしております |
・ | ーーー言いながら、菓子折りを仏壇に供える。二郎、再び登場 |
二郎 | お母さん、早くう! |
お母さん | しょうがない子ねえ。ちょっと失礼します |
・ | ーーーお母さん、二郎、退場。おばさん、鈴を鳴らして拝む。おじいさん食べ終わって、もの足りなさそうに、恨めしそうにお住っさんの茶菓子を見ている。住職、気がついて、あげようとする。おばさん、気がつき |
おばさん | ああ、お住っさん、いま、お供えしたのがありますから。どうぞ、それはお持ちになって下さい |
・ | ーーーおばさん、お仏壇に供えた菓子折を開くと、おじいさんにお饅頭を差し出す。おじいさん、お饅頭を受け取りながら、不思議そうな顔で、おばさんに |
おじいさん | あんた、誰や?ーーーおばさん、あきれて |
おばさん | 誰やて・・・・・お父さん、節子ですがな、西宮の節子です・・・・ |
おじいちゃん | そうですか、それは大変お世話になりますなあ |
おばさん | 実の娘がわからんやなんて、お住っさん、こんなことてありますか。まるで餓鬼道に堕ちたみたいに食べることばっかり・・・・、おばあちゃんさえいてくれたら、こんな風には・・・・ |
住職 | いろいろな方がおられますよ。おじいさんの場合は食い中風・・・・・こればっかりは現代の医学でも治せないようですねえ |
おじいさん | お住っさん、今日はこれからどちらへ? |
住職 | はい、これから東の方へ、ずっと何軒かお参りに参ります |
おじいさん | お住っさんとこはお子たち何人おってですのか? |
住職 | はい、三人です。中学二年と小六と小四です。難しい時期でえらいことですわ |
おじいさん | ほう〜、それはええお子持ちですなあ。ところで今日はこれからどちらへ? |
住職 | はい、これから東の方へ、ずっと何軒かお参りに参ります |
・ | ーーーおじいさん、ケロッとして饅頭を食べ続ける。おばさんと住職、思わず顔を見合わせて苦笑い、二人、はっと気がついて、おばさん、あわてておじいちゃんの手元を見る。あらかた食べてしまっている。 |
おばさん | まあ・・・・こんなに食べて、おじいちゃん、もうやめなさい。お腹をこわしますよ・・・・・ |
・ | ーーーおじいちゃん、箱をひったくるように取って、ふところに隠そうとする。おばさん、あきらめて泣き笑いの表情 ーーーお母さん、登場 |
お母さん | すみません。ほっときまして・・・・・あらあら・・・・・ |
おばさん | みよ子さん、おじいちゃん、えらいお腹、すかしてはるみたいやけど、朝ご飯食べてはんの |
お母さん | ええ、ええ、ちゃんとごはんとおつゆで二杯も食べてらっしゃるんですけど、止めなかったらいくらでも食べようとしはるんですーーー住職、場の空気を変えようと |
住職 | それはそうと、この間、花まつりのときは大変やったそうですねえ。ずいぶん探されたそうで |
おばさん | ほんまに、この人の苦労がようわかりましたわ。文化ホールや、大倉山の公園、楠公さんまで探し回りましたんです・・・ねえ |
お母さん | ええ、結局、神戸駅前のサンコウベの地下がありますでしょう。あそこのベンチで見つけたんです |
おばさん | それがお住っさん。いっしょうけんめい歌うとうてますねん。えらい興奮してましてね。次から次へ知ってる歌を歌うてるんです。ほんまになんやらそのときは気味悪うなってね。なだめて帰ってもらわんならんから、いっしょに歌うて、まあ、恥ずかしいいうたらなかったですわ。続きは帰ってから歌いましょ、いうことでやっとバスに乗ってもろうたんです |
住職 | ほ〜、それはまたいったいどういうことですか |
・ | ーーーお母さんとおばさん、顔を見合わせて笑う |
お母さん | 後で知り合いから聞いてわかったんですけど、あのときの花まつりの講師先生が京都の堀川病院の早川一光(かずてる)先生だったんです |
住職 | そうそう、そうでした |
お母さん | あの先生、ボケのお医者さんで有名でしょ。そのときのお話もボケないためには大きな声で歌を歌いなさいということで、満員のお客さんがいっしょに何曲も何曲も歌ったらしいんです |
住職 | なーるほど、いや、それでわかりました。私もあのとき会場におりましてね。それは面白くて楽しかったですよ。ひょっとしてそうじゃないかなあ、と思ったんですが、やはりそうでしたか |
おばさん | おじいちゃん、歌いだしたら興奮してしもて、止まらんようになったんですねえ |
住職 | いやあ、私も大きな声で懐かしい童謡なんか歌うて、気持ち良かったですねえ。”か〜ら〜す〜、なぜ泣くの・・・・からすは山に・・・・・か〜わい〜い・・・・” |
・ | ーーーお母さん、あわてて |
お母さん | お住っさん、しいっ〜・・・また、歌い始めて止まらなくなったら、大変ですから |
住職 | いやあ、こりゃあ、失敗、失敗 |
おばさん | お住っさんも、乗りやすいんやから |
・ | ーーー三人笑う、おじいさんもつられて笑う |
暗転 | ・ |