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      筑前琵琶歌
            孝子 平 知章

                                      池田   寿・作詞
                                   柴田 旭堂・作曲

時しも寿永三年の 春とは名のみ如月(きさらぎ)七日
生田の杜(もり)の曙に 源平両軍入り乱れ
ここを先途と戦えど 武運拙(つたな)き平家方
大将中納言知盛は 須磨の本陣陥りて
天をも焦(こが)す焔(ほのお)を眺め 最早戦(いくさ)もこれまでと
主上の御座船護らんと 沖をばさして急ぎけり
続くは一子武蔵守知章(むさしのかみともあきら 従者監物太郎頼方(けんもつたろうよりかた)の
主従僅か三騎なり 平野夢野も早過ぎて
大日の里にさしかかる 折しも源氏の数十騎
平家の大将軍と見奉る 敵に後(うしろ)を見せ給うかと
先を競って迫り来る 監物太郎振り向きて
只一矢(ひとや)にて旗さしを 討ち果したるその手練
知盛も駒をたて直し 敵に向かわんその気配
知章驚き馳(か)け寄りて 父上疾(と)く疾(と)く御座船へ
急がせ給へ主上をば 守護し奉るは唯一の
父上最後の務めなり 不肖知章今ここに
御身の代わり仕(つかまつる)るべしと 健気(けなげ)の聲に知盛は
駒を沖へと進めけり 知章聲を張り上げて
我こそは桓武天皇九代の後裔(いん) 新中納言知盛が一子
武蔵野守知章なり 父に代わりて相手仕ると
折しも敵の武者一騎 知盛めがけて驀地(まっしぐら)
こは推参と知章 矢庭に敵に飛びかかり
むんずと組みて諸共に ドウと馬より落ちたれど
見事に討ちし敵の首 立ち上がらんとする隙に
名乗りも上げず敵の槍 急所の深手こらえつつ
父上疾(と)く疾(と)く御座船へ 御座船へと叫びつつ
次第に細るその聲に ハッと知盛振り向けば
群がる敵に組み敷かれ 愛しき我が子の姿なし
仇を討たんと一度(ひとたび)は 立ち止れども待て暫し
我今ここに死すならば 主上の御先途如何にせんと
無念の涙に咽(むせ)びつつ 漸く船に辿り着く
焼野の雉子(きぎす)に劣る我 弓矢執る身の悲しさに
そぞろに落つる袖の露 さわれ十六才の若桜
忠孝共に果たしたる 天晴れ孝子の鑑(かがみ)ぞと
ここは天照山明泉寺 香花は永遠に薫るらん

昭和五十八年三月二十八日初演
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