劇団パンタカ第3回公演:昭和59年4月8日(金):神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『アヌルッダとアーナンダ物語』
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第3幕第1場 | ・ |
・ | ーーー祇園精舎、正面に釈尊ほか高弟たち、下手に門がある。 釈尊は、説法の最中である。 |
釈尊 | 「弟子らよ、よく聴くが良い。己に克つは、他に打ち勝つよりも困難であるが、それは戦場において、百千の敵に勝つよりも、すぐれた勝利である。いかりを捨て、おごりを捨て、すべての束縛を離れよ。執着がなければ苦もない。 怒りなきによって、怒りに勝ち、善によって悪に勝ち、施しによって惜しみ心に勝ち、真(まこと)によって、偽りに勝つべきである」 |
・ | ーーー説法の間に、門の外へスメーダがやってきて、中をうかがい、アーナンダを見て笑いかける。アーナンダは世尊に侍して、扇で風を送っている。弟子たち、ひそひそと目配せして、忍び笑いをする。 アーナンダ、スメーダに気付いて恥ずかしさのあまり、扇ぐのも忘れ、後ろを向く。 |
釈尊 | 「皆どうしたのだ」 |
・ | ーーー一同黙っている。デーヴァダッタ、憤然として立つ。 |
デーヴァダッタ | 「世尊よ、一人の女のために、尊い説法の場が浮わついております。あの女はどうしたわけか、アーナンダに付きまとっているのです。まことに恥さらしではありませんか。日頃申し上げているように、綱紀が緩んでしまっているのです。私は、戒律をもっと厳しくされるよう、進言いたします」 |
・ | ーーー釈尊、しばらく黙然とされる。デーヴァダッタ、威圧されたようにしぶしぶ坐る。 |
釈尊 | 「皆は退がるがよい。アーナンダとアヌルッダはここに残るよう」 |
・ | ーーー一同退場。 |
釈尊 | 「アヌルッダ、すまないがあの娘をこれへ呼び入れなさい」 |
・ | ーーーアヌルッダ、スメーダを呼び入れる。スメーダ、恐る恐る入って来るが、それでもすぐにアーナンダの傍へ行こうとして、アヌルッダに制止される。 |
釈尊 | 「娘よ名前はなんと言うのか」 |
スメーダ | 「スメーダと申します」 |
釈尊 | 「おまえは、アーナンダを好いているのか」 |
・ | ーーースメーダ、強くうなずく。 |
釈尊 | 「アーナンダの妻となりたいか」 |
・ | ーーースメーダ、ちょっと考えるが、にっこり笑って強くうなずく。アーナンダは跳び上がって驚く。おろおろして釈尊を見る。 |
釈尊 | 「では結婚の手続きとして、両親の許可を受けねばならないのだが、両親は同意して居られるかな?」 |
スメーダ | 「はい」 |
・ | ーーースメーダ、後を向いて門の外にいる母を呼ぶ。母親、這いつくばるように入って来て、ひれ伏す。 |
母親 | 「罰当たりなことを申しまして、この子は気が狂れているのです。なにとぞお許しを」 |
釈尊 | 「まあよい、私にはすべてがわかっている。安心してまかせるがよい。ところでアーナンダに嫁がせることに異存はないのだな」 |
母親 | 「異存だなんて、滅相もない。ただ私共は、触れれば穢れる不浄の身分、近付くことさえはばかられます。おたわむれはお止めください」 |
・ | ーーー釈尊、それには答えず、スメーダに向かい・・・ |
釈尊 | 「スメーダよ、アーナンダの妻となるには、まず剃髪して出家しなければならぬ」 |
・ | 剃髪 懺悔文 三帰戒 五戒文 |
釈尊 | 「それで良い。形は立派な出家の身となった。ところで、スメーダよ、そなたはそれほどまでに愛しいと思うアーナンダの、いったいどこを愛しているのか?」 |
スメーダ | 「どこって?私あの方の全部を愛していますわ。あの愛くるしいお眼、あのすんなりしたお鼻、あのお優しいお口、あの清らかなお声、あの気高いお姿、歩き方だって素敵です」 |
・ | ーーー釈尊、ちょっとその言葉をさえぎられて・・・ |
釈尊 | 「だが、まあよく落ち着いて考えるがいい。そなたの愛するアーナンダの眼の中にはただ涙があるばかりではないか。また、鼻の中には鼻水があり、口の中には唾があるといったように、身体中は不浄で充ち満ちているではないか。だから、ただ外見の姿形ばかりに眼がくらんで、はかない恋に迷うてはならぬ。それよりも、もっと真実の道理に憧れて進んではどうか」 |
スメーダ | 「真実の道理って、どんなことかしら」 |
釈尊 | 「まず、ものごとを、ありのままにみつめることだ。男と女が夫婦になれば、子供が生まれ、生まれたものには必ず死があって、悲しみがある。スメーダよ、愛欲は苦の集まるところである。愚かな者はあかりに群がる蛾のように、それに身を投げかける。 しかし、智慧あるものは、そのことを知るが故に愛欲に捉われることがない」 |
(NA) | 心を一にして、静かに身体の不浄を思え、身体の不浄を念じて、肉体への愛着を断て!姿色にとらわれることなかれ。 |
釈尊 | 「あぁ、アーナンダには、ちょうどふさわしい妻ができた。さあ、起って早くアーナンダのところへ行くがよい」 |
・ | ーーースメーダは慙愧して、 |
スメーダ | 「世尊よ、私は自分が愚かな心から、はかない恋に迷うてアーナンダ様のお後を追いかけたりしました。今思ってみますと穴にでも入りたいような心地がいたします。でもそれが縁となって、こうして尊い教えを聞かせていただき、出家させて頂いて、とても、幸福な身分にしていただきました。こんなに嬉しいことはございません」 |
・ | ーーースメーダ、アーナンダに歩み寄り、合掌礼拝する。 |
釈尊 | 「今日よりそなたは、本性比丘尼と呼ぶがよい。怠ることなく道に励みなさい。さあ、ついてくるがよい」 |
・ | ーーー釈尊に続いて本性比丘尼退場。アーナンダとアヌルッダ、残る。ややあって。 |
アーナンダ | 「尊い方、アヌルッダ。私は本当に恥ずかしい。欲を離れた人ならかかることのない呪法にかかってしまいました。いつも世尊の傍に侍って、尊い御教えの数々を聞かせていただいておりますのに。あぁ〜情けない」 |
アヌルッダ | 「アーナンダ、そんなに自分を責めることはない」 |
アーナンダ | 「でも、あの乙女は、たった一回のおさとしでも、あんなに立派に修行にいそしむ身の上になったのです。それにひきかえわたしは・・・・・」 |
アヌルッダ | 「私は目が見えぬから、姿、形にとらわれることはない。心眼をもって真実を知り、道力を全うしているから、心がゆらぐことはない。若い人アーナンダ、貴方もいつかそのようになれるはずです」 |
アーナンダ | 「私は今まで、ただ教えをよく聞いているという、多聞ばかりを得意として、一向、道力を全うすることができませんでした。ですから、こんな辱しめを受けました」 |
アヌルッダ | 「善き友、アーナンダ、それに気が付けば道は半ばをすぎている。どうか怠りなく世尊のお世話と修行に励んでくれ。いっしょに出家した仲間ではないか」 |
アーナンダ | 「はい、ありがとうございます。今日以後、私はあやまちを悔い、更に求道の心を強くして世尊にお仕えすることを誓います」 |
アヌルッダ | 「たがいに雄雄しく精進しよう」 |
アーナンダ | 「はい!」 |
暗転 | ・ |