劇団パンタカ第3回公演:昭和59年4月8日(金):神戸文化大ホール
【釈尊降誕会祝典劇】
『アヌルッダとアーナンダ物語』
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(3)

第2幕 幕が上がると、マータンガ・カーストの娘、スメーダが、井戸端で歌を歌いながら洗濯をしている。あばら屋と井戸の脇に木との間にロープが張られ、派手なサリーが干されている。スメーダ、額の汗をぬぐいながら、
スメーダ 「あぁ〜、なんて気持ちの良い朝だろう。真っ青な空には、火炎樹の花が火のように燃えている。芭蕉の葉が、やさしくそよいで、私に涼しい風を送ってくれる・・・・母さん、母さんてばあぁ〜」
ーーー家の中から母親の声
「スメーダや、どうしたんだい」
スメーダ 「ウゥ〜ン、なんでもないわ。ただ、とってもすがすがしい気分なの。母さんも出ておいでよ。家に籠りきりで、人のつまらない運命を占ってみても仕方がないじゃないの。なるようにしかならないんだから」
「馬鹿をお言いじゃないよ。お前、私の魔法をバカにするのかい」
スメーダ 「そうじゃないけど、私には占ってもらわなくたって、自分でちゃんとわかるの。今日はきっと、なにかいいことがある、そんな気がする」
ーーー再びハミングで歌を歌いながら、洗濯物を干しにかかる。下手から糞尿屋が肥壷を背負って現れる。慌てふためいた様子でそこいらに、隠れるところを探している。
糞尿屋 「アァー、どうしよう、どうしよう。いったいどうなっているんだ。陽が高く昇る前に仕事を片付けなきゃあいけないというのに、もたもたしていたら、また町のやつらに酷い目にあわされる。どうして俺たちだけが、汚らわしい、目に触れるところを歩くななんて、酷なことを言われるのか。アァ〜情けない。俺たちがいったい何をしたというのだ」
スメーダ 「おじさん、いったいどうしたというの。サソリに足を刺された人みたいに、そこいらを走りまわってさ」
糞尿屋 「オォ〜、マータンガの娘か、お前たちはいいよな。野良犬を始末したり、牛や羊の死体を始末するだけで金になるんだからなあ。そこへいくと俺たちは、肥溜めから汚物をせっせと城の外の畑まで運んでもただの運び賃しか、もらえないからなあ。
祖父さんの祖父さんのそのまた祖父さん、つまり先祖代々糞尿屋の仕事さ。その上、触れば穢れる、見ても穢れると決め付ける。昼間は道も歩けない。アァ〜、牛や羊や鶏の方が、よっぽどましだ」
スメーダ 「だけど、いったい、何をそんなに慌てているの」
糞尿屋 「いや、不思議なことに、俺が歩いて行く先々に、お釈迦様が歩いてこられるのだ。反対へ避けようとすると、どうした訳かそちらに廻っておられるのだ。まるで何人ものお釈迦さまがおられるようだ。俺は、このむさ苦しい姿をお見せしてはいけないと思って、逃げ廻っているのだよ」
スメーダ 「そんなことってあるかしら」
ーーーそこへアーナンダが托鉢姿で現れる。暑さに閉口して、汗をふきふきやってくる。少しコミカルに。井戸端にいるスメーダを見て、きさくに・・・・
アーナンダ 「ああ、娘さん、今日も大変な暑さですね。すみませんが私のために、水を一杯汲んではいただけませんか」
ーーースメーダ、ドギマギして、うつむいて。
スメーダ 「尊いお坊様、お水をお上げしたくても、私からは差し上げられませんわ」
アーナンダ 「どうしてお水一杯がいただけないんですか」
ーーースメーダ、消え入るようなかすかな声で
スメーダ 「あのぉ〜、わたしは卑しい素性の女ですから、勿体なくて貴方様のようなお方に、差し上げられないのです」
ーーーアーナンダ、一瞬考えて、声を強めて
アーナンダ 「あなたはなんと言うことをおっしゃる。人間はそうした貴賎の運命を先天的に持って生まれたのでは決してなく、貴いか卑しいかはただその人その人の人格の如何によるばかりであります。ですからわが世尊のみ教えでは、そうした酷い、階級観念は少しもないのです」
ーーー男のほうを見て
アーナンダ 「みんなが同じ仲間であり、友達なのですよ。だから、あなたもこれからは決して、そんな卑下した考えを起こさずに、安心して、自分自身の人格を研くようにしなさい。いいですか。さぁ〜お水を一杯、供養してください」
ーーースメーダ、言われるままに、恐る恐る水を汲むとアーナンダに差し出す。アーナンダ、美味しそうに飲み干す
アーナンダ 「あぁ〜、美味しかった。娘さん、どうもありがとう。じゃあ、元気でね」
ーーーアーナンダ、立ち去る。スメーダ呆然と見とれている。やがて一人つぶやく。
スメーダ 「あぁ〜、なんて素敵な人」
ーーーふとわれに返ると、傍らにいる糞尿屋に急いで尋ねる
スメーダ 「ねぇ、ねぇ、おじさん。あの方はだあれ?」
糞尿屋 「あのお方は、アーナンダとおっしゃって、お釈迦様の従兄弟に当たるお方だよ。いつもお釈迦様の持者として、付き従っておられる有名なお方だ」
スメーダ 「あぁ〜、なんて気高く美しいお姿、それにあのお声かしら。あぁ〜、わたし気が遠くなりそうだったわ」
ーーー辺りをそぞろ歩きながら、アーナンダの名をつぶやき溜息をつく。
(NA) アーナンダから優しい言葉をかけられたスメーダは、その日から恋の虜となってしまいました。恋しさに思いつめたスメーダは魔法の力でアーナンダを呼び寄せようと考えました

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