第二回、アングリマーラ物語
−正しい忍耐、努力−
殺人鬼となったまじめな若者が仏弟子となる改悛の物語。

第一幕

子供たち中央にでてくる
「ナモタッサ・バガバト・アラハト・サンマサンブッダッサ」3回唱える。
子供たち退場

第一場

 緞帳上がる


ーー「バラモンの妻の部屋」ーー
(NA)昔、インドのコーサラ国に1人のバラモンがいました。博識で人々に尊敬せられ、五百人の弟子を持っていました。その弟子たちの中にアヒンサカという若者がおりました。アヒンサカとは無害、不殺生という意味です。彼は体力も強く、才知もあり、性質も温順で容姿は人に勝れ、みんなから愛されておりました。バラモンの若い妻は、いつしかアヒンサカに道ならぬ思いを抱くようになりました。
「派手なカーテンとベッド・鏡台」
ーーバラモンの妻はサリー姿でベッドに腰掛け、悩ましげに物思いにふけっている。深いため息をつき、立ち上がると部屋の中を行き来する。ややあって意を決したように髪を直し鏡をのぞき込み、婉然と笑うと振り返り、甘い声で呼ぶ。ーー
妻 「アヒンサカ、アヒンサカや、ちょっといらっしゃいな」 下手の奥でアヒンサカの返事 アヒンサカ 「はい、奥様、只今」
「アヒンサカ、アヒンサカや、ちょっといらっしゃいな」
ーー下手の奥でアヒンサカの返事ーー
アヒンサカ 「はい、奥様、只今」
ーー妻は急いでカーテンのそばへ行き、顔を伏せてたたずむ。そこへ、アヒンサカさっそうと入ってくる。入り口に立ち止まり、ーー
アヒンサカ 「奥様。何かご用でしょうか」
ーー妻、ベッドの方へ、後ずさりに歩きながら訴えるようにーー
「アヒンサカ、私、何だか胸が苦しいの。少し背をさすってくれないかしら。あの人は夕方まで帰って来ないからとてもそれまで辛抱できないわ。ああっ、どうしたというのかしら。ああ、苦しい」
アヒンサカ 「えっ、奥様どうなさったのです」
ーー妻、しおらしく突っ伏す。アヒンサカ驚いてベッドに寄ると恐る恐る師の妻の背をさする。妻はつぶやくように、歌うように、ーー
「ああ・・・。いい気持ち。ああ・・・有り難う。アヒンサカ」
ーーややあって、妻は身を起こすと、アヒンサカの手を取って口説く。ーー
「やさしいアヒンサカ、若くて美しいアヒンサカ。私はずっと前から、おまえのことを思うと夜も苦しくて眠れないの。」
ーーアヒンサカ、驚いて離れようとする。妻はその手をとって、引き寄せ、胸に当てようとする−−
「お前、私のこの気持ちをわかっておくれ。さあ。」
アヒンサカ 「何をおっしゃいます。そんな・・・・。たとえにも師匠は父に当たると言います。そうであれば、奥様は母とも言うべきではありませんか。私に何をせよとおっしゃるのです。」
「アヒンサカ。あなたはきまじめすぎるわ。私、あなたに優しくしてほしいの。いいのよ、あの人のことは、気にしなくても。あの人はもう私のこと、可愛がってくれないの。だから・・・・いいでしょ・・・・」
アヒンサカ 「何という恐ろしいことを。道に背くようなことは出来ません。」
ーーふりほどこうとするが、妻はすがりつくーー
「飢えているものに食べ物を与え、渇いているものに水を飲ませてあげるのが、どうして道に背くことなの。ね〜どうしてなの?」
ーーアヒンサカ、強くふりほどく。妻、床に倒れる。ーー
アヒンサカ 「師匠の夫人と情を通じるなどということは毒蛇を身にまとい、毒薬を呑むに等しいことです。
私はまっぴらです。失礼いたします。」
ーーアヒンサカは後も見ずに部屋を出ていく。夫人、ゆるゆると床から身を起こし、呆然として鏡の前に坐る。髪をかきあげ、放心しているがしだいに怒りを覚え、呪わしげに呟く。
「よくも私の思いをふみにじってくれたわね。私のことを毒蛇のようなと言った。毒薬のようだとも。ええい、ならば、この恨みは毒蛇となってお前の心臓を噛むであろう。お前は素敵な毒薬を呑んで苦しむがいい。」
ーー陰惨な笑いを浮かべて、つかれたように髪を乱し、服を胸元から引き裂くと、ゆるゆるとベッドに横たわる。

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